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【大女優】原節子【絶世の美女】

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/17(火) 01:29:53 ID:sOR8BpPL
http://www.hochi.co.jp/html/whatday/what/06/0617.htm

 ◆6月17日

容色の衰え見せたくないと42歳で引退

 映画女優・原節子が1920年、横浜の・保土ケ谷に生まれた。横浜市立高女2年生のとき義兄の熊谷久虎監督にすすめられて日活入り。
B級作品の主役になるが、36年日独合作映画「新しき土」のヒロインに抜擢され、一躍国際女優と騒がれた。もっとも作品そのものは不出来だった。

 間もなく東宝の前身の映画会社に入社、若手の人気女優になるが、ここでもさして話題作はない。彼女が本領を発揮するのは、やはり戦後である。
京大弾圧事件を取り上げた黒澤明監督「わが青春に悔いなし」の教授の娘。吉村公三郎監督「安城家の舞踏会」の旧華族の令嬢。

 さらに今井正監督「青い山脈」では明るい女学校教師に扮し、いずれも高い評価を得、数々の賞を受けた。
大きな眼に情感をたたえ、彫りの深い顔立ちと相まって、わが国を代表する大女優である。

 小津安二郎監督との運命的出会いは、49年の「晩春」に始まる。以後「麦秋」「東京物語」と、いわゆる小市民映画、
庶民の家庭生活をしみじみと描いた名作で、笠智衆の娘や嫁の役を、絶妙に演じた。
ほかにも、成瀬巳喜男監督「めし」、ドストエフスキーの名作を翻案した黒沢明監督「白痴」などの好演がある。小津安二郎は、こう絶賛した。

 「原節子の役柄に対する理解力と勘の良さは、驚くべきものがある。こちらの希望をぴしりと受け止め、時にそれを超える演技をみせてくれた。
名女優という言葉は、彼女のためにあるようなものだねえ」。

 しかし62年の「忠臣蔵」を最後に引退。視力の低下、さらに「容色の衰えをファンに見せたくない」という考えからで、
ときに42歳、以後世間との交渉をいっさい断った。スキャンダル皆無、あざやかな引き際である。
(島野功)

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/18(水) 06:44:39 ID:BC4PvqBx
2get。

まあ、最近の自称「女優」どもは安っぽい。

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/19(木) 06:39:28 ID:vIpULO+L
横浜市立高女=現・桜丘高校

おすぎとピーコ、ホンジャマカ石塚、安東アナの先輩だね。

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/20(金) 18:18:19 ID:wge2+6sE
 ◆原節子 1920年生まれ。横浜市立高女在学中の35年に映画デビュー後、28年間で小津監督、
黒澤明監督らの作品100本以上に出演。その美ぼうから“永遠の処女”といわれたが、62年の映画
「忠臣蔵」の大石りく役を最後に引退。映画関係者やマスコミとの接触も一切避け、鎌倉市内でひっそ
りと暮らしている。

http://hk.geocities.com/matsutakako_hung/n204.html

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/21(土) 18:51:38 ID:ipr8wY2p


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